第2話 スニーカー・ブルース
アリサは優しい女だった。
いつも自分のことより、誰かのことを先に考えているように感じさせた。それはそれで、少しじれったい感じがすることもあったが、僕はそんなアリサが好きだった。
三年前、高校を出たばかりのアリサと出会って、やがて心を打ち明けあってから、二人の関係は永遠に続くものと、僕は疑わなかった。
たぶん、アリサもそう思っていてくれたはずだ。
でも、アリサは変わってしまった。嘘のように、ある日突然。
ワンルームマンションのドアをノックして、「僕だ」と言っても、開けてくれなくなった。
もう一度ノックして名前を言うと、小さな悲鳴のような声さえ上げた。
なぜか鍵のかかっていないドアを開ければ、少しやつれた感じはしたが、以前と変わらない、きれいで可愛いアリサだった。
でも、僕を見る目は前とは違っていた。
「帰って!」と叫ぶ。
「どうして?何があったんだ?」
僕の問いかけには答えず、「いや!もう帰って!」とだけ繰り返す。
日にちは過ぎていっても、アリサの態度は変わらなかった。
まぁ、女の気持ちなんて、しょせんはそんなものかもしれない。僕の気づかない何かの理由で、僕を嫌いになったのなら、それはしかたがないことだ。
でも、それならそれで話もあるだろうし、嫌いになったのならそう言えばいい。
問いかけには一切答えず、とにかく追い返そうとする。わからない・・・なぜなんだ。
訪れては追い返され、何の会話もなく、そんなことを何度も繰り返し、一ヶ月が過ぎようとしていた。
その夜、我ながら性懲りもなく部屋に入ると、アリサの傍に若い男がいた。
ああ・・・そんなことも疑ってはいたが、あり得ないという気持ちの方が強かった。
そうならそうで、アリサなら、はっきりとそう言ってくれるものと思っていた。
恋人が来るのなら、僕にそう告げ、鍵くらいかけておけとも思った。
その男は僕を全く無視したように、僕の方を見向きもしない。アリサは男にすがりつくようにして泣いていた。
「僕は・・・邪魔する気はないよ。ただ、わけが知りたいだけなんだ、アリサ」
僕は、これが最後と決めて、アリサの髪に触れ、華奢な首筋を指先でそっと撫でた。
「い、いやぁ!」アリサは悲鳴を上げ、激しく震えだした。
男は、アリサの肩を抱き、アリサを揺さぶるようにして何か言っていたが、僕には聞き取れなかった。
もう、おしまいだ。それは、それでいい。でも、アリサは何でこんなに変わってしまったのか?
そうか、もしかして・・・いや、きっと、あのスニーカーのせいだ!
僕の誕生日のプレゼントに、アリサが贈ってくれたあの青いスニーカーだ。
あのスニーカーを履かない僕を怒っているんだ!
でも、アリサ。それは無理なんだよ。
・・・だって、僕には、足がないんだもの。
一ヶ月前、遅れそうになった君との約束の時間に間に合わそうと、バイクのアクセルを全開のまま、赤信号の交差点を走り抜けようとしたあの瞬間から、なぜか僕の足は透明になっちまったんだ。
(完)
いつも自分のことより、誰かのことを先に考えているように感じさせた。それはそれで、少しじれったい感じがすることもあったが、僕はそんなアリサが好きだった。
三年前、高校を出たばかりのアリサと出会って、やがて心を打ち明けあってから、二人の関係は永遠に続くものと、僕は疑わなかった。
たぶん、アリサもそう思っていてくれたはずだ。
でも、アリサは変わってしまった。嘘のように、ある日突然。
ワンルームマンションのドアをノックして、「僕だ」と言っても、開けてくれなくなった。
もう一度ノックして名前を言うと、小さな悲鳴のような声さえ上げた。

でも、僕を見る目は前とは違っていた。
「帰って!」と叫ぶ。
「どうして?何があったんだ?」
僕の問いかけには答えず、「いや!もう帰って!」とだけ繰り返す。
日にちは過ぎていっても、アリサの態度は変わらなかった。
まぁ、女の気持ちなんて、しょせんはそんなものかもしれない。僕の気づかない何かの理由で、僕を嫌いになったのなら、それはしかたがないことだ。
でも、それならそれで話もあるだろうし、嫌いになったのならそう言えばいい。
問いかけには一切答えず、とにかく追い返そうとする。わからない・・・なぜなんだ。
訪れては追い返され、何の会話もなく、そんなことを何度も繰り返し、一ヶ月が過ぎようとしていた。
その夜、我ながら性懲りもなく部屋に入ると、アリサの傍に若い男がいた。
ああ・・・そんなことも疑ってはいたが、あり得ないという気持ちの方が強かった。
そうならそうで、アリサなら、はっきりとそう言ってくれるものと思っていた。
恋人が来るのなら、僕にそう告げ、鍵くらいかけておけとも思った。
その男は僕を全く無視したように、僕の方を見向きもしない。アリサは男にすがりつくようにして泣いていた。
「僕は・・・邪魔する気はないよ。ただ、わけが知りたいだけなんだ、アリサ」
僕は、これが最後と決めて、アリサの髪に触れ、華奢な首筋を指先でそっと撫でた。
「い、いやぁ!」アリサは悲鳴を上げ、激しく震えだした。
男は、アリサの肩を抱き、アリサを揺さぶるようにして何か言っていたが、僕には聞き取れなかった。
もう、おしまいだ。それは、それでいい。でも、アリサは何でこんなに変わってしまったのか?
そうか、もしかして・・・いや、きっと、あのスニーカーのせいだ!
僕の誕生日のプレゼントに、アリサが贈ってくれたあの青いスニーカーだ。
あのスニーカーを履かない僕を怒っているんだ!
でも、アリサ。それは無理なんだよ。
・・・だって、僕には、足がないんだもの。
一ヶ月前、遅れそうになった君との約束の時間に間に合わそうと、バイクのアクセルを全開のまま、赤信号の交差点を走り抜けようとしたあの瞬間から、なぜか僕の足は透明になっちまったんだ。
(完)